「戸叶。早くしねーと売り切れっぞ」

「おう」

「って分かってんのかよ!走れっつの!!」

「おー」

「「戸叶!」」



三人のやかましい声が昼休みのチャイムと共に聞こえる。

雷門がその声に反応して廊下に出て行った。小結も後に続く。

やがて主務の小早川の声も聞こえて、バタバタと足音が遠のいた。










恋符牒












「あれ、。モン太何処に行ったー?」

「うん?ああ、購買だと思うけど」



クラスメイトの嵐が私の隣の雷門の机で弁当を広げながら言った。

モン太は屋上か、部室なんかでアメフト部のメンバーで食べるから昼休みだけは雷門の机は彼女のものになる。



「へぇ?バッカー。あいつ担任に呼ばれてるの忘れてるんじゃん」

「あ、そういえばそうだね。まー猿頭だからね」

「でもヤバイんでない?居眠りばっかしてっから呼び出されたんでしょ?
これで放課後課題とか補習とか言われたら、アメフト部出れなくなるじゃん。
そしたらあの蛭魔先輩に殺されるよーーー」

「まぁねー。それはちょっと可哀相だね」




アメフト部の内情は雷門が包み隠さずクラス中にぶちまけている為、誰もが知ってる。

もっとも「蛭魔妖一」という人物だけに関しては知らない者はいないだろうけど。




「電話してみれば?」

「あ、そうだね」




嵐が頷いて携帯のボタンをプッシュする。



『ちゃり〜〜らら〜〜♪』

「「あ」」




なんだか分からない着信音が嵐の足元から聞こえて二人同時に声を上げた。

音源は雷門の机に掛けられた鞄から。




「あいつ、携帯くらい持ち歩きなさないよねー」

「・・・・どうすんの、嵐」

「んーー、じゃあ・・・・任せた!」

「はぁ!?」

「私すぐ委員会あるんだよねー。だから、ちょっと猿探して伝えてきてよ。
担任待ってるって。知ってて教えてあげないのも薄情だしさ」



片目でウィンクする嵐に溜息を付いた。

アメフト部が真剣に頑張っている。それは学校中誰もが知っていた。

初めは蛭魔に脅迫されて応援していた生徒達も今では自主的に応援している。

あれだけ頑張っている姿を見せられたらそれも当然だと思う。

特に雷門はクラスのムードメーカーでもある。






「わかった・・・・どうせ場所は大体決まってるしね」

「おー!じゃーよろしく!」



敬礼する嵐の頭を小突いて席を立つ。

まだ手の付けられていないお弁当が机の上に残されたまま、私は教室を出た。










心当りは屋上と部室。

天気の良い日は屋上で、と何時か言っていたからまずは屋上を目指す。

普段は上がらない四階から屋上への階段を上がる。

入り口のドア前は鎖で封鎖され、立ち入り禁止と看板が掲げてある。

雷門のよるとこれは学校ではなく、屋上を独占しようとした蛭魔の仕業なのだそうだ。

要するに、アメフト部の連中しかここから先入ってはならない。





ギィ・・・




冷えたドアノブを回す。

さすがに少し緊張した。蛭魔がいたらきっとアウトだ。

だが青空の下には一年の面々しかいなかった。

皆驚いた顔でこちらを見ているが、戸叶だけはパンを咥えたまま漫画に視線を落としたままだった。






「おう、!どうしたんだ?」


その中で呑気に声を上げた猿を私は力いっぱい殴りつけた。

バコっと良い音がして、雷門がウキャ!と叫び声を上げる。




「何すんだよ、!」

「あんた担任に呼ばれてんの、忘れたの?早く行かないと本気でヤバイわよ」

「ウギャ!?そういえばそんなこと言われたような・・・・ヤバさMAX!!」

「居残り言い渡されても知らないわよ。さっさと行け馬鹿」

「お、おう!悪ぃな!!」





雷門が慌てて、それでもパンを咥えながら一目散に掛けていく。

じゃあ、戻るか、と踵を返すと小さな声に呼び止められた。



「ええと、さん?」

「ん・・・なに?」

「ありがとう、モン太のこと探してくれてたんだよね?」

「別に貴方が御礼言わなくても。ええと、小早川君?」

「うん、小早川瀬那。でもありがとう」



はにかみながら遠慮がちに礼を言う彼に、笑って返す。

黒木が「猿バカじゃねぇの」と笑い始めた。



「今のうちに猿の昼飯食っちまおうぜ!」

「ぇえ??」

「んじゃ、頂くか?」

「ちょ、駄目だよ、十文字君!黒木君!」

「まーまーセナも食っとけよ。どうせ昼休み中には戻らねぇってあいつ」

「金子のヤツしつけぇからな」

「フゴ!!」



ふざけ合う彼らの輪の中でボソっと戸叶が教師の名を口にした。

聞いていたのか、と一瞬驚いた。

やっぱりこの面子なら漫画片手でも話を聞いているらしい。





嫌な気持ちが広がる。






いつまでも此処にいるのは可笑しな気がして、私はそのまま歩き出した。

喧騒は止まない。

再びドアノブに手を掛けると、「!」と名を呼ばれた。





「これ、お礼な!」



そう言って投げつけられたのは焼きそばパン。

確認しなくともこれは雷門のものだろう。

黒木が得意気な顔をして立っていた。






「じゃあ遠慮なく」






それだけ言って階段を下りる。








――――どうしてまた私の傷をえぐるようなことをするのだろう。







仲良さげな彼らの姿に忘れていた傷が痛む。

昔、私が出来なかった事を彼らがいとも簡単に―――――








焼きそばパンが潰れる感触がする。









忘れていたはずの初恋はまだ終わっていなかったのだろうか。