聴覚を犯す、その声に。

視線を絡めるその瞳に。




その存在全てが。






火恋ひとこいし















障子越しに光を感じ、は目を開けた。

殺風景な和室におぎんと二人きりで寝ている。

物音を立てぬよう、そっと起き上がるとは部屋を出た。

乱れた寝着と整え、履き慣れぬ下駄を履く。







少し町を外れた場所にある宿の周囲はまだ静かだった。

太陽が半分ほど顔を出している。

日の光に照らされているのは、見慣れぬ屋敷や長屋。

コンクリートの建物を見慣れているにとっては、まるで京都か映画村にいるような気分だ。







「どうしよう――――・・・・・」









これからどうすればいいのか。

帰る事より生きる事を考えなければならないのかもしれない。









「        」









声にならない声は此処には居ない人物の名を呼んだ。

眩しすぎる朝日に瞼を閉じる。
















「泣いているんですかい?」














それはさっき呼んだはずの人物の声だった。

振り向く。けれど違う。



―――――あの人じゃない。









「ま、又市さん・・・・・」

「宿を出るのが見えやして。あんたがいなけりゃ先生が心配する」







又市は杓丈を持っていないこと以外は昨夜と変わらぬ格好だった。

の隣まで来ると、並んで朝日に目をやる。








「日陰の身に眩しすぎていけねぇや」




そう言って又市は笑った。

手がの髪に伸びる。




「これからどうするつもりで?」



又市は肩に下ろされたの髪を指に絡めた。

そのまま指がの涙を拭う。

どうして。こんなにも優しい。



「そんなこと・・・わかりません・・・」





それでもは又市の顔を見ることが出来なかった。

想い人には触れられたことさえなかったのに、いとも簡単に又市はその壁を越えてしまった。

あの人とは違うはずの温もりが離れるのをじっと待つ。







さんは・・・・奴が怖いですかい?」






けれど又市の指はから離れる事はなく―――再び髪を弄び始めた。

どうして良いか分からず、ただ頬が熱くなるのがわかった。








「どうにもいけねぇな。あんた―――――似過ぎる」








又市の呟いた言葉に思わず顔を上げた。

苦笑したような、又市と目が合う。








「似てる・・・・って私が・・・誰かにですか?」





触れられた箇所はまだ熱い。

初めて又市を直視すると、今度は又市が目を反らした。





「いや、なんでもねぇんで。さぁ、宿に戻りやしょう」

「待って下さい!」




歩き始めた又市の裾を掴む。

似過ぎる、それはが又市に抱いた印象だ。

それを何故、又市が口にするのか。













鳥の声が聞こえた。

二人はしばしそのまま――――動くことはなかった。

やがて又市の手が、の手に触れた。

そのまま手を引かれ、抱きしめられる。












「生きていたのかと―――――思ったんで。昔死んだ女が――――・・・・」









苦しそうに耳元で呟かれた声に、は涙を流した。

が又市に抱いていた感情と同じものを又市もまた、抱いていたのだ。











姿形は同じなのにどうして――――――あの人じゃない
















「愛して・・・・いたんですね」















返事はなかった。

だが、を抱きしめる腕の力が強くなったのを感じた。














愛しいと











思ってしまったのは










果たしてどちらだったのか












次→









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ギャグになる予定だったんじゃ・・・(所詮シリアスしか書けない女)
ここまでがプロローグ。か、感想お待ちしてます(ビクビク)