天女に一目ぼれをした。














火恋













「あれ・・・・?さんと又市さんは・・・」








思いがけない拾い物をしてしまってから一夜が経った。

そう、私は天女を拾ったのだ。衣を失くした天女。

初めて彼女に触れた時、表現しようのない高揚感に襲われた。

それは胸が高鳴るなんて生易しいものはなくて。

どくどくと生気が吸われるようなそんな感覚。







男を魅入る――――天女は時として鬼の妖しだとされる。







あの時感じた熱は一晩経った今でも続いている。








朝起きてすぐ落ち着かなくておぎんさんとさんの部屋を訪ねた。

落ち着かない。それはいつものことだけれど。







「おぎんさーん、さん・・・・おはようございます」

「なんだい先生、朝っぱらから煩いねェ」

「あ、おぎんさん・・・おはようございます」



声に反応したおぎんが顔を出したので、頭を下げる。

欠伸を隠す様子も無く、おぎんはこちらをちらりと見て不敵に笑った。



「あの娘ならいないよゥ」

「え!?」

「さっき又公が探しに行ったサね。そんなに慌てなくてもすぐに帰って来るよゥ」

「い、いえ・・・・その・・・・」

「分かりやすいねェ、先生は。あの子に惚の字なんだろう?」

「え!?」





瞬間、顔が熱くなるのが分かった。

おぎんがクスクスと笑っている。



「やめとけ、あの娘は――――」



突然背中から低く枯れた声が聞こえた。



「わぁ!!治平さん驚かさないで下さいよ」

「先生驚かしてどうする。それよりもあの娘はやめとけ」

「なんだい、爺ィが色恋沙汰に口出すんじゃないよ」



いつの間にか部屋に入り込んだ治平がどかりと腰を下ろした。

百介はお茶でも淹れようかと急須を探す。

おぎんは不満そうに口を尖らせ治平を睨んだ。




「ああいう女は性質が悪ィんだよ。自分じゃわかってねぇんだろうがな」

「ああいう女って・・・・どういうことです?」



少しムッとしながらお茶の葉を急須に入れる。

まだ自己紹介程度しかしてないのにと治平の物言いに腹が立った。

あんなに綺麗な人なのに。





「男を駄目にする女って事だ。別にあの女が悪性だって言ってんじゃねぇんだ。そう睨むな」

「男を駄目にする女なら此処にもいるけどねぇ?」

「お、おぎんさん!?」



ふわりと百介の横に座り、おぎんが百介の顎に手を掛ける。

いつものおふざけと分かっていても熱くなる頬は止められない。



「お前ェのは確信犯だろうが。あの娘は無自覚なんだよ。
自分で自分を分かっちゃいねぇ。そういうのが一番危ねェんだ。
先生、年寄りの言う事は聞くもんだぜ。あの娘はあんたの手には負えねぇよ」




百介の差出した茶を旨そうに飲みながら治平は溜息をついた。

百介はおぎんと顔を見合わせる。





「でも彼女はこれからどうするんです?」

「そりゃあ又市次第だろうよ」

「先生、もしかしてあの娘連れて帰る気だったのかい?」

「行く宛てがないのならと・・・又市さん達について行くわけにもいかないのでしょう?」

「そりゃあ・・・まぁねぇ・・・」



沈黙がおりる。

呆れたようにおぎんが窓の外を見た。



「先生、帰ってきたみたいだよゥ、話題のお人がサ」

「え?あ、さん、又市さん!」




慌てて窓の外に身体を乗り出すと、又市の後に続くようにが歩いていた。

昨日の不思議な服装とは違い、和服姿に髪を下ろしたはおぎんとは違う色気がある。

しかしそれは魔性ではない。清らかな、百合のような色気であると百介は思う。







やはり、彼女は天女なのだ。





やがて足音がし、二人が部屋に戻ってきた。



「又市さん!」

「先生、どうしやした大声出して」

「いえ、二人のお姿が見えなかったものですから・・」

「ちょいとばかし話をしていただけで。さぁ、朝餉にしやしょう」




又市の一言で皆、腰を浮かす。

は少し浮かない顔で畳みの目をじぃっと見つめていた。







「あの・・・・お加減でも悪いのですか?」

「百介さん・・・いえ、なんでも」

「これからの事は心配しないで下さい。私も力になりますから」

「ええ・・・・ありがとうございます」






にこりと微笑んだものの、やはり沈んだ様子では目を伏せた。

彼女の髪が風に揺られ、百介の肩に触れる。






ふわりと、甘い香りがした。







ドクン、と血が沸き立つ感覚がする。









『やめとけ、あの娘は――――』











治平の声が遠く聞こえた。