まるで現実味の無い、何かに
飲み込まれたような。
火恋
江戸時代――――それとも何処か違うような違和感を感じる町並が視界を塞ぐ。
全く見たことのない景色にどうすることも出来ず、結局二人に着いて行く事しか出来ず。
途中何度か又市と目が合ったが、はどうしても彼を直視する事が出来ず目を反らし続けた。
宿に着くと、赤い着物に緑色の半纏を着た若い女の人と昔の煙草を咥えた小さな老人がいた。
一見するとどこか普通でないようにも見える。
「おおう、先生、無事だったか」
「たくっ、物好きも程ほどにしなよゥ、先生」
「すいません、ご心配お掛けして―――・・・・」
百介は癖なのか、頭を掻いて笑った。
「で?お隣は誰なんだい?」
指を指され、思わず後ずさった。
同性から見ても色っぽいその女性は百介とを交互に見てからかうように笑う。
「道理で女に興味が無いと思ったサね。ちゃあんといい女いるんじゃないか。妾はてっきり先生は衆道なんじゃないかと心配しちまったよゥ」
「おいおい、そういう事かい。こりゃあ野暮しちまったな」
老人も同じように笑う。
「ちょっ、違いますよ!さんはあの・・・迷い人でして」
「それくらいにしねェか、悪党共。先生が困ってるじゃねェか」
それまで黙っていた又市が間に入った。
とにかく座れ、とと百介に促す。
自分も座ると、懐から煙管を取り出した。
「迷い人って・・・・なんだ、お人好しの先生が拾っちまったのかい?」
「ええ、例の天狗の神社で倒れてまして・・・どうやらこの辺の方ではないようです」
「そりゃあ難儀だったな。しかも俺らみてェな札付きの所に来ちまうなんざ運が悪ィ」
「煩ェって言ってんだろ手前ェら。だが先生、このお人どうするおつもりで?
日が暮れるんで、一緒に連れて来ちまったが奴達と一緒じゃこの人も落ち着かねェでしょう」
又市がそう言うと、皆が一斉にを見た。
思わず萎縮してしまう。
タイムスリップとは違うらしいが、どうやら完全に江戸時代?に似た世界に来てしまったようだ。
だがそれを話しても――――きっと信じてはもらえないだろう。
それにしても気になるのは、百介以外の三人。
見るからに異彩を放っているこの三人は、どうやら堅気の人間ではないらしい。
だがそうすると百介との関係が分からない。
「ええと・・・さん。その・・・・事情をお聞きしても宜しいでしょうか」
百介が遠慮がちに尋ねた。は顔を伏せた。
「事情と言っても・・・・私にもよく分かりません。
言える事は気を失う前のには、あの神社ではない別の場所にいたという事です」
「人攫いにでも攫われたか」
老人は煙管の灰を灰箱に落としながら尋ねた。
又市の鋭い視線が刺さる。
どうにも落ち着かない。
「そう・・・・なんでしょうか。でも、私が元いた処には簡単には戻れないようです。
此処は・・・・私の居た処とは全く違うんです」
口にしてしまった事で本当に戻れなくなったんだと実感が湧いた。
目頭が知らず熱くなる。
「ちょいと又さん、どうするんだい?まさか放っとく気じゃないだろうねェ」
「あの・・・さん!私も力になりますから・・・・」
「とにかく今日はもう遅ェ。お前ェら、腹減ってんじゃねェのか。
あとの事は明日にでも決めりゃあいい。なぁ、又ッ公」
三人の視線が又市に集まった。
又市はゆっくりと煙を吐くと、溜息を付く。
「奴だってなにも追い出そうとなんざ思っちゃいねェよ。
おい、おぎん。お前ェ一っ走り行って着物調達して来い」
「そうだねェ。その格好じゃあ攫われもするサ。ああ、そういやあんた名はなんてんだい?
妾はおぎん姉さんさ。そっちの爺ィが治平ってケチな悪党だ。獲って喰いやしないから安心おしよ」
けらけらと明るく笑う女には少しだけ緊張が解れた。
握り締めていた拳に力が抜ける。
「です。と呼んで下さい。山岡さんも。
皆さんにはご迷惑お掛けします」
ぺこりと頭を下げると、肩を叩かれた。
「別に頭下げる事ァねぇ。そんな大層な身分じゃねェや」
「そうですよ。ええと・・・じゃあさんとお呼びしますね。
下へ行きましょう。私はもうお腹が減ってしまって」
笑いながら腹を擦る百介に自然と笑みが出た。
それを見ておぎんが立ち上がり、「先行ってるよゥ」との手を引いた。
だが、又市は振り返らずに窓の外を眺めながら煙管を吹かしていた。
「又市さんは食べないんですか?」
「後から行きますんで、先生達は先に召し上がってて下せェ」
「あの・・・・さんを此処に連れて来たのはまずかったでしょうか?」
と言葉を交わそうとしない又市に百介はずっと違和感を感じていた。
道中も二人は全くと言っていいほど、接触がなかった。
又市達の立場を考えれば、仕掛けが終わった後とはいえ部外者を連れて来たのはまずかったのかもしれない。
「いや・・・そうじゃねぇんですよ。ただあの娘が・・・奴を恐れているように見えたんで」
「そりゃあ知らねェ土地にいきなり置き去りにされて手前ェみてぇな悪党が現れりゃあ、怖がりもすんだろ。あの娘はどう見ても堅気だからな」
治平は煙筒を懐にしまいながら、ひひひ、と笑いながら部屋を出た。
又市は眉を顰める。
「さんもきっと気が動転しているんですよ。なにも又市さんだけを怖がっているわけじゃないでしょう」
「まぁ・・・・今更娘っ子一人に嫌われようが怖がられようがそれはいいんですがね。にしても・・・・」
「何か・・・気になることでも?」
珍しく言葉を濁した又市に百介は不安を覚えた。
又市の吐き出した煙がゆらゆらと天井を彷徨う。
「いや・・・・なんでもねぇんで。先生、メシにしやしょう」
「ええ、そうですね」
階段を下りて行く又市の背中に百介は違和感を覚えた。
小股潜りの男の思惑など百介如きに理解出来ようはずもない。
ただそれでも何処か、胸の内に芽生えた不安は拭えなかった。
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