こんな想い、知らなかった。












火恋ひとこいし














その日山岡百介は一人、山道を歩いていた。

山道と行っても、用件は山の上にあり既にその用件は終えている。

例によって又市の仕掛けに駆り出され、その帰り道である。

又市一味は後始末があると何処かへ消え、これもまた例によって百介は今日の仕掛けが一体何の為だったかも分からず、そのまま山を下りることになった。

だが後で治平辺りにでも聞けば教えてくれるだろう。

最近では仕掛けに携わるだけではなく、個人的に酒を酌み交わしたりもする。

今では彼らとの交流が楽しみでならない。









「うーん、この辺のはずなんだけどなぁ・・・・・」










今夜の合流予定時間にはまだ間がある。

百介は隣山まで足を伸ばし、天狗の出ると噂の神社を探していた。

いかにもそれらしい黄ばんだ古地図を片手にかれこれ一時間は彷徨っている。






日が暮れそうになってようやく百介は神社の屋根らしきものを見つけた。

近寄ると真っ赤な鳥居の上に何か黒いものが渦巻いている。








「あれは――――?」






妖しか。

怖さよりも好奇心が先立ち、前へ進む。

すると大きな鳥居の下に誰かが倒れているのが見えた。







「ど、どうしたんです!!」






抱き上げるとそれは髪の長い女性だった。

見慣れぬ衣服を着ている。異国の者かもしれない。

ハッとし、もう一度それを見上げると空にはもう何もなかった。

もしや本当に妖しだったのか。

それとも彼女自身が物の怪なのだろうか。






「あの、もし!」



何度か揺さぶるが反応が無い。

もう日が暮れてしまう。人家の無い山の中では獣も出る。

百介の体力では彼女を背負って行くのも無理だろう、百介は焦った。




「そ、そうだ――――竹筒!!」




咄嗟に荷の中に竹筒があった事を思い出し、それを取り出し彼女の口元に当てた。

顎に手を添え、口の中に水を流し込む。

ごくり、と水を飲み込む音がし、彼女が薄っすらと目を開けた。
























何が起こっているのだろう。

いつも通り大学へ行こうとして、雨が降って雨宿りをした。

赤い塗装が剥げた古ぼけた神社。

異常な程黒い雲が空を覆っていたのを覚えてる。

それから?




・・・・そうだ、雷。

雷があの鳥居に落ちたんだ。

それで気を失って―――――・・・・・・・・・














                                     「大丈夫ですか?」









目を開ける。そこには男の人がいた。

きっと助けてくれたんだろう。

身体を起こす。頭が少し痛むだけで身体はなんともない。







「大丈夫・・・・です」







なんとか声を絞り出すと、ほっと溜息が聞こえた。

改めて御礼を言おうと、男性の方を見る。

目が合うと照れくさそうに頭を掻きながら彼が笑った。






「助けて頂きありがとうございます。私はです。
大きな雷に驚いて気を失ってしまったようで・・・・・・」

「そうだったんですか。それは災難でしたね。
僕は山岡百介と申します。変わった服装ですが、この辺の土地の方ですか?」

「え?」






そう言われて彼を見ると、彼は着物に袴姿、私はジーンズとキャミソールの上に白い肩開きセーターを着ていた。

この場合変わった格好なのはむしろ彼の方だと思う。

慌てて景色を見回すと、都会のビル群は何処にもない。

あるのは木造の神社と鳥居、それに木ばかりだ。






「あの・・・山岡さん・・・ここは何処でしょうか?」

「ええと、会津ですが」

「・・・・会津?」

「会津の方じゃないんですか?訛りはないようですし、江戸の方でしょうか?」

「江戸?江戸って・・・・東京の事でしょうか?」

「トウキョウ?何処ですか、それは」





そう言って彼は首を捻った。

おかしい。東京を江戸という日本人が一体何人いるだろう。

お年寄りならともかく山岡さんはどう見ても二十歳代だし、そもそもどうして山の中にいるのか。

何より景色が違いすぎる。

見渡す限りの山なんて現代の日本の何処にあるだろう。









リィィィン―――――・・・・・・









沈黙が二人を支配した時、何処からか鈴の音が聞こえた。

百介が顔を上げる。









「探しやしたぜ、先生」

「又市さん!」

「うそ・・・・・」







声の方向を見ると、暗闇の中が白い装束の男が現れた。

頭には御者包み、胸には何か匣のようなものをぶら提げている。

金色の杓丈と鈴を持って立っている男は、百介を見て笑った。








「おや、お連れですかい?こりゃあ先生も隅に置けねぇ」

「ち、違いますよ!彼女は・・・その・・・どうやら私と同じく道に迷ってしまったようで・・・・」

「にしちゃあ、妙な格好で。ここいらのモンじゃなさそうだ」








又市と名乗る男は値踏みするようにを見た。

目が合い、咄嗟に目を反らす。

似てる、あの人に。

喋り方も服装も何もかも違うのに、顔だけは瓜二つなのだ。

ずっと想い続けたあの人に――――・・・・・






「とにかく山を下りましょう。もう遅ェ」

「そうですね。歩けますか、さん」

「あ、はい・・・・・」






戸惑いながら二人の後に続く。

灯りの見える方向に向かうとそこには、









まるで江戸時代にタイムスリップしてしまったかのような町並みが広がっていた。










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