女置いて出てきたのは、家を出てから二時間後。 大分ガタが来た原付でアパートに帰ると部屋の電気は消えていた。 ポストに腕を突っ込むといつもの場所に鍵が貼り付けてある。 親父さんとケンカした時に俺がいなくても部屋に入れるように十文字の為に用意した鍵。 今では黒木も使っていて、帰る時は郵便ポストの底に鍵をテープで貼っていくのが決まりになってる。 「帰ったか。ま、当然だな」 急に出て行って、黒木や十文字はともかくセナには悪い事をした。 言えない階段を上がって、ドアノブを開く。 鍵は閉まっているからやはり十文字が閉めていったんだろう。 (黒木は時々忘れるからな) すぐ脇のスイッチを押して電気を付ける。 「ハ?」 部屋の中に何かいた。 偉そうに部屋の真ん中に寝っ転がってる。 それはのそりとこちらを向くと、あー、と間抜けな声を出した。 「トガー、おーかーえーりー」 「・・・・・酔ってんのか?」 床には缶ビールの空き缶がそこら中に転がっていた。 つーか、どんだけ飲んだんだお前は。 「酔ってねぇしー、トガ帰って来ねぇしー」 「帰って来たろ、今。家に電話は?」 「うぅん〜〜、だって俺不良だもーん」 「ハ?中坊か、テメェは」 空き缶を適当にビニールに突っ込みながら、窓を空ける。 酒気が充満した部屋はなんだか俺まで酔いそうだった。 黒木は仰向けになったまま顔だけがこっち向いてる。 「そんなに 「青天上等!」 「俺は御免だ。ほら、起きろ」 腕を引いて無理矢理上半身を起き上がらせる。 けど、自分で起きるつもりのない黒木はそのまま俺の方に倒れてきた。 腰に腕が回ってきて、身体が密着する。熱い。 「黒木、寝るなら蒲団敷く。 「ん〜〜〜、トガ・・・・女の匂いがする」 「・・・・移ったんだろ」 「否定しねぇの?」 「する必要あるか?」 黒木が顔を上げた。 酔っているせいか、顔が赤い。 腰に回って手をどうにかしようとすると、イヤだと首を横に振る。 鎖骨辺りに掛かる黒木の息が熱い。 「トガ、おれ、わらえない」 「ハ?」 「わらえないんだ、おれ」 「いつも笑ってんじゃねぇか」 「おれ、どうしよう・・・・ね、トガ・・・」 俺の胸に顔を引っ付けて同じ言葉を繰り返す。 わからねぇ、何が言いたい? なんで泣きそうな顔して俺に縋り付いてんだお前は。 「なんかあったのか」 「・・・・・・・」 「言えねぇのか?」 「うん・・・・言えね・・・」 「じゃあ、寝ろ。寝れば忘れる」 「忘れるかな・・・・・・」 「ああ、お前バカだからな」 「なんだよ、それ。・・・・・・ひっでぇの・・・」 泣きそうな声に頭を撫でてやると安心したのか、ようやく目を閉じた。 そのままにしといてやると、すぐに寝息が聞こえる。 張り付いてる身体を放すと、じっとりと汗を掻いていた。 開いた窓から吹く風との温度差で一つ、身震いをする。 三つに折り畳んだだけの蒲団を広げてそこに黒木を寝かした。 ポケットから携帯を出す。押したのは短縮ダイアルの2番。 『よぅ、お疲れ』 受話器から聞こえたのは事態を察した様子の十文字の声。 「黒木、なんかあったのか」 『まぁな。黒木は?寝てんのか?』 「おぅ。酔い潰れてな。訳わかんねぇこと言いやがって」 『・・・・・・なんて言ってた?』 「笑えねぇとかなんとか」 『そっか・・・・』 「原因は?知ってんだろ」 『直接聞けよ、黒木に』 「ハ?」 『お前が直接聞いた方がいい。明日練習午後からだしな』 「面倒事か?」 『誰にとって面倒かは知らねぇーけどな』 そう言って溜息をつく十文字。 なんか・・・・お前も機嫌悪くねぇか。 「明日何時からだ?」 『一時半。ちゃんと黒木連れて来いよ』 「おぅ、じゃあな」 『ああ』 携帯を切ると、その瞬間ディスプレイが赤く光った。 電話の着信音が同時に響く。 さっきまで抱いていた女の名前。 「めんどくせー」 携帯の電源を切ると、そのまま畳の上に寝転んだ。 蒲団の中からは黒木の寝息が聞こえる。 その姿を見つめながら、飲み掛けで置いてあったビールを飲み干す。 苦くて温いビールの味が口の中に広がった。 |