思えば惚れたのなんだの、って騒いでんのはいっつも黒木で。

俺はセナに会うまで適当に遊んでただけだし。






じゃあトガは?っつーと、正直分からない。








秘密・サイドA











「・・・・・・・ハ?」




戸叶が漫画から視線を外して俺を見た。

妙に緊張して、思わず手が胸ポケットを探る。

そんなことしても煙草はもう入ってねーっつーのに。





「なんだ、いきなり」





俺が恋愛話を吹っかけたのがそれほど珍しかったのか。

漫画を閉じる仕草に今しかないと意を決する。





「聞いたことねぇから、お前のそういう話」

「話すようなことねーぞ」

「好きなヤツとかいねぇの?」




敢えて”好きな女”とは聞かなかった。

俺の言葉さじ加減一つで、黒木の恋を左右しちまうと思うと妙に緊張する。






「あー?さァーなー?」

「ハァ?なんだよ、それ」

「好きかどうか分かんねぇ。あるだろ、そういうの」

「それって・・・・気になるヤツはいるっつーことか?」







遠回しな言葉に反応して腰を浮かす。

まだ惚れてんのかどうか分からねぇけど、気にかけてるヤツはいるっつーことだよな?





「あー、まぁ、そうとも言うな」




ダルそうに頭を掻いた戸叶が再び漫画に手を伸ばした。

反射的にその漫画を戸叶の手が届く前に取り上げる。

いかにも不機嫌そうに俺を見てきたが、こっちもある意味必死だった。







「それってよぉ・・・・誰?」

「ハ?そこまで言わせんのか」

「気になんだよ!お前の恋バナって聞いたことねぇし・・・」

「ごきげんようの見過ぎじゃねぇのか」

「見てねぇよ!!」

「これだから自分が幸せなヤツは。その内セナに浮気されても知らねぇぞ」

「されねぇよ!つかさせねぇ!」

「おーおー、そいつはどうもゴチソウサマ」







話を逸らされたと気付いたのは漫画を取り返されてからだった。

セナのこと言われてつい、挑発に乗っちまって漫画から手を離したのが運のツキ。

狙ってました、と言わんばかりにすばやくその漫画雑誌を手に取ると、トガはあっという間に読書モードに入っちまった。


経験上、知っている。

こうなるともう、話しかけても返事は無い。






仕方なく家主の断わりなくテレビを付ける。

なんとなく気まずかったからだ(向こうは何も感じてねぇだろうけど)

汚い壁に背を預けてぼんやりと思う。





戸叶に気になるヤツがいるっつーのは分かったけど。

それを黒木に言って何になる?相手の名前も分かんねぇのに。

そもそも俺は黒木になんて言うつもりなんだ?





諦めろ、なんて言える筈が無い。












「・・・・・・・・・・」









こういう話は元々苦手だ。

親友の為だと頑張ってみたものの、見事撃沈。

悪い、セナ、黒木。

やっぱ俺には無理だ。






「トガ・・・・」

「ノロケはごめんだぞ」

「お前って時々何考えてんのかサッパリ分かんねぇ」

「黒木と同じ事言うか」

「・・・・・(言ったのか、アイツ)」






黒木・・・・・お前って(わかっちゃいたけど)チャレンジャーな。

あいつら、そろそろ帰って来るよな・・・・





「トガ、最後に一つ」

「あ?」

「お前って俺達のこと気持ち悪ィとか思わねぇの?」

「ハ?」





これは前々から聞きたかったことだ。

『おめでとさん』

セナと俺との普通なら有り得ねぇ関係をその一言で済ませた戸叶。






「なんで親友ダチと仲間を嫌悪しなきゃいけねぇんだ」

「ハァ?まぁ・・・・そうだけどよ・・・・」





何を聞くんだ、と当たり前のように言い切る戸叶。

なんつーか、こういう時こいつが親友で良かったと心底思う。






コツコツコツ、





騒がしい足音が安普請のアパートの床に響く。

振り返ると、ドアが開いてビニール袋を下げた二人が帰ってきた。





「おー!買ってきてやったぞー!」

「ただいまー」








狭い部屋に騒がしさが戻る。

するとトガは。

ガサガサとビニール袋を漁る二人に気付かれないように俺に向かって人差し指を口元に立てて、








『さっきの話は秘密だぞ』






と、目配せをしてニヤリと笑った。