ひらり、ひらり、紅桜の花弁が舞い落つや ひらり、ひらり、白い肌に触れたりて ひたり、ひたり、頬の雫と交わるや 宝珠の如し 薄紅乱レ 想フ貴方「春だね、もう」 百介は庭に根を張る巨大な桜の木を見上げながら呟いた。 目を閉じれば、微かに花の匂いがする。 子供の頃は桜の花は甘い味がするのだと思い込んでいたものだ。 ひらり、ひらり。 風に揺られゆっくりと落下してくる花弁に手を出す。 手のひらに触れた所で拳を握り締めれば、花弁は手の中。 口に含んでみれば、なんとなく苦いような奇妙な味がした。 「何しているの、百介」 背後からの笑い声に振り向くと、幼馴染のがいた。 手には甘味所の団子の包みを下げている。 百介は縁側に腰掛けてまた庭を見た。 「桜の花びらは甘いのかなぁ、と思って」 「またそんな子供みたいな事を。じゃあお団子はいらなかったかしら?」 「まさか!頂くよ。ちょっと待ってて」 隠しもせず笑うの手から団子の包みを取り上げる。 包みを開けるとみたらしの甘い匂いがした。 「どうせだからお花見と洒落込みましょうか」 「うん、そうしよう」 二人で縁側に腰掛け、団子を頬張る。 花は止め処なく二人に降り注ぐ。 ひらり、ひらり。 『こぼれて匂う花ざくらかな』 「え?何?」 「は『はなおに』って知ってる?」 桜の舞い散る様を見て思い出したのは、何処ぞの書物で読んだ説話。 「ま・た、始まった。百介の怪談話」 は呆れたように二つ目の団子を頬張る。 「違うよ、怪談じゃない。桜の鬼と書いて『はなおに』って読むんだけど」 「へぇ、なんか綺麗。さっきのは唄?」 「そう。昔ね、一条帝の偉い人が里帰りの最中、桜の木の下に差し掛かった処でさっきの唄が聞いたんだ。 それで家来に周りを探せるんだけど、誰もいない。 鬼神や物の怪の類だろうかと怖くなってその場から逃げ出したんだって」 「それが桜鬼の仕業だったって事?」 『浅緑 野辺の霞は つつめども こぼれて匂ふ はなざくらかな』 「それは?」 「新撰万葉集に載っている読み人知らずの唄だよ。この下の句を唄ったんだね」 「ふーん」 「どうしてこの唄を唄っていたのかも謎だけど、この出来事が起こったは昼間だったんだ」 「・・・・結局何が言いたいわけ?」 「どうして鬼や物の怪だと思ったのかなぁって。 昼間に満開の桜の下で唄が聞こえたら、普通風流人とか美人とかを想像するんじゃないかなぁ」 「うーーん。そう言われるとそうかも・・・」 「桜の木の下に鬼が宿るという話はそう珍しくもないけど・・・・どうしてこんなに綺麗なものが鬼に結びついたのかなぁ」 百介は最後の団子を頬張り、空を見上げた。 薄紅色と空の青との対照が美しく映える。 「なんだ、結局そっちに結びつくんじゃない」 「・・・そうでもないよ」 「あら、そうですか?」 「うん、違うよ」 そう、違う。 桜鬼の思い出したのは目の前の桜のせいだけじゃない。 だ。 いつの間にか美しく成長したは今や評判の小町美人。 幼馴染でなければ彼女だって百介の元へなど遊びに来なかっただろう。 目の前であどけなく笑うと男を妖しく魅了する。 その二面性が。 美しい唄を唄ったにも関わらず鬼と呼ばれた存在にひどく似ているような気がしたのだ。 黒い髪を風になびかせて笑うに薄紅色はよく映える。 「百介?そろそろ私行くけど」 「うん」 「なぁに?人の顔じろじろ見て」 「もいつかお嫁にいくのかと思って」 「何それ」 ひらり、ひらり。 二人の間を花弁が舞う。 降り注ぐ、その薄紅色の美しさに。 息が詰まった。 「百介、私お嫁には行かないわよ」 「え?」 「誰かさんが貰ってくれない限りね」 「?」 「だからたまには花より私に見惚れなさい」 ひらひらと手を振っては庭を後にした。 残された百介はやはりは桜鬼に似ていると思った。 通常桜鬼は美しい女に例えられる。 男の心を惑わす、女鬼。 掻き乱され 奪われて 囚われる。 「―――――本当に敵わない・・・・」 初めて君を抱きたいと想った日。 ーーーーーーーーーーーー 百介は伊佐間と同系。 9000HIT樂様へ捧ぐほのぼの百介。ほのぼの? どうもありがとうございました!! 又市、百介ときたら次は玉泉坊だろ!(徳次郎は?) |