それは何気ない宴の席での話だった。

言い出したのは徳次郎だったか、治平だったか。






無粋な男四人集まれば自然と話は色恋沙汰に向くものだ。



「そういや物書きの先生にはいい人はいねぇのかい?」







君想フ淋シ月夜










それを聞いた百介がごほっと酒を吐き出した。

真っ赤になったのは咽ている為かそれとも―――




「なんでぇ、情けねぇ顔して。小娘みたいな顔しやがって」

「おいこら、狸爺。先生からかうんじゃねぇ」


又市が仲裁に入るも、治平が聞くはずもなく。

ただ愉快そうに自分の膝を叩いて笑っている。


「ひゃっひゃっひゃ。絡んでるのはお前ェだろ、又公」

「タコ入道も黙りやがれ。ああ、先生大丈夫ですかい?」

「ええ、もう。すいません、急な話に驚いて・・・・」





そこまで言って百介は又市の顔を見る。

目の前の男、小股潜りとの字(あざな)を持つ。

年の頃は正直分からない。

少なくとも自分よりは年を喰っているであろうが―――それほどでもない。

百介にとってどんな怪奇話よりも謎なのはこの男だ。

だからかもしれなかった。






「又市さんにはいらっしゃらないのですか?そういう人は」





今度は又市が驚く番だった。

手にしていた御銚子ごと動きが止まる。



「せ、先生。悪党をからかうもんじゃありませんぜ」

「すいません・・・でも気になって」




悪い事を聞いてしまっただろうか・・・・

百介は利き腕で頭を掻きながら謝った。

だがその隣で治平だけは腹を抱えて笑っていた。

徳次郎と言えば、又市の顔を見て何やらにやにやと厭らしい笑みを浮かべている。





「・・・余程地獄に堕ちてェらしいな、手前ェらよ」

「ええと・・・・どうしたんですか御二人とも?」

「知りてぇかい、物書きの先生。聞きついでに百物語に加えちゃっどうだい」

「そりゃあ駄目だ!小悪党の恋物語なんざ洒落にもなりゃしねぇだろうよ」

「違ェねぇ。こっちが恥を掻いちまう。与太話にもなりゃしねェ」





何やら拳を片手に怒りに震える又市を余所に盛り上がっている二人。

どうやら又市にもいい人というものがいるらしい。

これには考物の百介も好奇心を抱かずにはいられない。

酒のせいで気が大きくなっているせいもあって、百介も遠慮というものが無くなっている。


「二人だけで笑ってないで私にも教えて下さいよ!」

「おう、いいねぇ先生!聞きてぇかい?」

「手前ェら!!二人纏めて御行してやらぁ!!」

「おうおう、大人げねェぜ、又の字よゥ!!」




二人の遣り取りにたまらず割って入ろうとした又市に完全に酔って面白がっている徳次郎が掴み掛かる。

百介は止めに入ろうと腰を上げたが、治平に袖を引っ張られ再び座った。



「馬鹿はほっとけ。それより聞きてぇんだろう?」

「・・・・・聞きたいです」

「大体御行乞食がよゥ・・・・・」







又市と徳次郎が取っ組み合いをしている横で治平の話は始まった。







いつの話だったかァ、忘れちまったが。

俺ら半年前に江戸のある屋敷に仕掛けしに行ったんだよゥ。

まあな、仕掛けの中身ァ話せねェけどよ、

あの小汚ェ御行乞食はよ、そこんとこの娘さんに惚れちまったんだよ。

笑い話にもなりゃしねぇだろ?俺らお天道様の下歩けねェような人間がよ、

お天道様に惚れちまったようなもんだゼ、なぁ又公。


ああん?うるせェな。本当の事だろうが。



それでな、先生。その娘さんがよゥ、また別嬪なのよ。

それに加えて気立ては良いわ、俺らみてェのにも礼儀を尽くす、いい娘なわけだァな。

こちとら堂々と名なんざ呼ばれる身分でもねェってのにだなァ、

顔出しゃ嫌な顔一つもせず、茶請けやらなんやらもてなしてくれるわけだ。





それで惚れちまったんだなァ、この馬鹿。





又市さん、なんて呼ばれてよゥ、柄にも無ェ、顔赤くしちまってよゥ、

何が彌勒三千の又市だァ、笑わせやがる。





でもよゥ、所詮身分も住む世界も違ェ。

それはまぁ、又市も分かっちゃいるんだろうよ、

まぁ俺らにしちゃあ大仕掛けの仕事で三ヶ月ばかりあの屋敷出入りしてたけどなぁ、

さすがに仕事が終わっちゃそうも行かねェ。

あれっきりになっちまったんだろ?なぁ、又公よゥ、どうなんでェ――・・・













「なぁ、又公よゥ、どうなんでェ――・・・」



治平がそう問い掛けると、徳次郎を沈めた後の又市がバツが悪そうに視線を落とした。

御銚子ごと酒をぐいっと飲み干す。既に四人で一升瓶を二本空けていた。



「うるせェんだよ、性悪が。奴がどうしようと手前ェらには関係のねェこった」

「心配してやってんだろうがよ。女に溺れるなんざ小股潜りが聞いて呆れらァ」


そう言いながら治平は又市に酒を勧める。

励まそうとしているのか、はたまた酔って吐かそうとしているのか―――




「あれ、でも又市さん。そのお屋敷ってもしかしてと言いませんか?」

「知ってるんですかい、先生!」

「そういや物書きの先生は京橋だって言ってたか。なんだァ近くじゃねェか」

「ええ、そうです。近所という程ではありませんが・・・じゃあもしかしてその娘さんというのはさんのことでしょうか?」





その言葉を聞いて今度は又市が咽返った。

どうやら当たりらしく、又市の顔が赤い。酒のせいだけではないだろう。



「こりゃあいい!先生のお知り合いとはね。どうでェ、又公。さんを先生に任せちゃあ」

「ふざけた事抜かしてんじゃねェよ。奴は別に――・・・」

「ああ、でも治平さん。これは噂なのですが」




又市の言葉を遮って、百介は三本目を空けた。

徳次郎は座敷に伏せたまま起きる様子は無い。





「なんでもさんには通い男がいるとか。それがまた堅気の人じゃないって噂で」

「堅気じゃねェって。まさかやくざもんかい?」


信じられないというように治平が眉を顰める。

百介はちらりと又市の顔色を窺いながら話を続けた。



「違います。噂じゃその男、お坊さんだとか修行僧だとかって。それってもしかして―――・・・」

「おい、そりゃまさか!又公!!」




驚いた治平が大声を上げると、もうそこに又市の姿はなかった。

空き瓶と徳次郎が座敷を転がっているだけで、御行道具も消えている。

開け放たれた窓の四隅の向こう側に、月が静かに雲を伴い浮いていた。




「うわぁ、図星だったんだ」




一時(いっとき)の沈黙の後、百介はそれはそれは嬉しそうに声を上げた。

けらけらと楽しそうに声を上げて笑う。




「先生、そりゃどういうこった」

「いやぁね、嘘なんですよ」

「嘘?」

「そうです。通い男の噂なんて嘘なんですよ。でも又市さんにとっては嘘から出た真実だったようですね」




百介はそう言いながら治平と自分の杯に酒を注いだ。

それを飲み干しながら、治平はバン、と膝を叩く。




「こりゃあ、御見逸れいったぜ。まさかあんたに誑かされるなんざァ、いくら小股潜りでも思うめェ。いや、見直したぜ」

「私だっていつも騙されてばかりじゃありませんからね」

「ああ、もう、此れほど愉快な晩は無ェ。今夜は飲み明かそうぜ」





部屋に男たちの笑い声が響いた。

その屋根の上では不機嫌そうな御行乞食が一人―――・・・・






「畜生、しばらく会いに行けねェじゃねェか・・・・」




愛しき女性を想い、月夜相手に愚痴っていた。
















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雪野様1000HITリク又市夢です。
正直巷説ドリームって今まで見たことないので、感想是非求む!
評判良かったら同設定でヒロインと又市の恋模様を書きたいと思います。
続編って感じで。これがドリームになっているのかも不安ですし。
それではありがとうございましたー!