女なんて腐るほど抱いてきた。



商売女も悪かねェ。馴染みだっていやがる。



それなのに。




何故、このお人だけは―――・・・・







詰まって仕舞いたい











「どうしました、又市さん?」







の問いに伸びかけた手は宙で止まった。

それ以上前に出す事も出来ず、渋々手は膝の上に戻る。






「さ、どうぞ」






出された茶を啜ると、はまた他愛のない話を始めた。

時折笑い声も混じったその声を聞いて、又市も口元を緩める。

だが心内は穏やかではなかった。






―――――情けねェ。






何度を前にそう思ったことか。

治平や徳次郎がこの場に居たなら根性無しと罵ったに違いない。







惚れた女に手も出せねェなんざァ小股潜りが聞いて呆れらァ






何度そう自分を叱咤した事か。





だが出来ねェもんは出来ねェんだ・・・・






これほど純粋に自分に微笑む女なんぞ今まで出会ったこともなかった。

だからこそ抱きてェなんて思いを抱くことが罪悪に思える。






今自分の目の前で微笑むお人を組み敷いてその赤い紅差した唇に吸い付いたなら―――





それはどんなに甘い味がするだろう。





夢想するだけで身体の熱が疼く。





甘い喘ぎ声で名を呼ばれたのなら―――





それはどんなに甘美な響きのがするのだろう。









「又市さん?」

「ぁああ、なんでもねェんですよ、ちと考え事を」

「まぁ。何か気に病むことでも?」

「そんな事ァこざいやせん。他愛もないことでさァ」






そう言って誤魔化すと、悲しそうにの瞳が揺れた。

それに気付き、しまったと思うがもう遅い。






「私では又市さんのお力にはなれませんか・・・?」

「すいやせん、本当になんでもないんで」

「でも、さっきから黙っていらっしゃって・・・・」





無意識だろうが――憂いを帯びたの瞳には色気が宿る。

まさかお前ェさんを抱きたくて煩悶してた―――などと言えるはずもない。

ああ、いっそここで押し倒してしまおうか。

きっと嫌がるだろうその細い手首に紐括り付けて、首筋に顔を埋めて所有の痕付けて―――









誰の目にも触れないように閉じ込めて縛り付けてその愛らしい唇を塞いで






全てを奪って――――











さん」

「はい?」

「今日はこれで失礼致しやす。ちと、用向きを思い出しやして」

「又市さん・・・何か気に障りましたか?」

「違いやす。本当に気にしねェで下さい。ああ、そうだ。今度お邪魔する時は甘い物でもお持ちしましょう。お好きでしょう?」







次、と口にした所での顔に安堵が浮かび笑顔が戻った。

こくりと頷く女の髪の一房を取り、舐めるように口付ける。




赤みが差した頬を見て、ニヤリと笑って一つ、会釈をした。

これ以上この場にいれば本当に奪ってしまうかもしれない。

今はまだその時ではない。







―――――情けねェ。









結局臆病風に吹かれているのだ。彌勒三千の又市ともあろうものが。







こんな小汚ねェ男がこんな綺麗な娘に懸想するなんざァ身分違いも甚だしい―――












「では奴はこれで」










リィィィン――――・・・・











いつものように鈴の音が鳴ると同時に男の姿は闇に消えた。

さっき口付けられた己の髪を取り、同じ部分に口付ける。

髪は夜風に晒され冷えているのに、触れた箇所だけは熱い気がした。







「又市さんって・・・奥手なのかしら」







それはそれで良いと思う。女慣れしてないようにも見えないけれど。

大切にされていると思えば、嬉しくも思う。

だけど。






「私は又市さんなら良いと思っているんですよ・・・・・?」







愛しい人に抱いて欲しいと思うのも女心というもの。






何時になったら気付いてくれるのか。









「又市さんの馬鹿」











次に来てくれた時はうんと渋いお茶を御見舞いしてやろう、と決めて。










新月の夜。男と女の想いは錯綜する。








交わるのは何時の日か―――――