こんな事になるはずではなかった。

愛しいお人を夜がな抱いて。

それでも最低限の理性を失わずにいたはずだった。







だが残酷にも恐れていた瞬間は訪れた。









「――――又市さん、私―――・・・」









幸セノ形










子供が出来た、とは言った。




「ご冗談を」


思わず出た言葉に泣き出したの顔は今でもはっきり覚えている。

又市を責めるでもなく、ただ泣き続けるに又市は屋敷を飛び出した。














「何を白けた顔してんだい、又さんは」



おぎんはただぼう、と窓辺で佇む又市を訝しげに眺めた。

治平は興味を示すべくもなく、奥で煙草を吹かしている。


「放っておけ。どうせ小股潜りの事だ。何か企んでるんだろ」

「でもねェ。なんだか気味が悪いじゃないかい。さっきからちぃっとも動きやしない」

「しょうがねェなぁ。おいこら、又っ公よゥ。手前ェ何だってんだ。あの娘にとうとう振られたか」





治平がふざけ半分で発した言葉に又市はびくりと肩を震わせた。

おぎんと治平は思わず顔を見合わせる。




「なんだい?本当に振られちまったのかい?」

「煩ェ、違ェよ。ただ――――」


そこから先言おうとしない又市に治平は煙草の煙を吐き出す。



「なんだ、手前ェ。餓鬼じゃねェんだ。はっきり云いやがれ」












「子が出来た」












やがて又市はぽつり、消えるような声で言った。


「なんだってェ?そりゃ、あんた、」



不味いんじゃないか、という言葉を寸でのところで飲み込む。

それを一番分かっているのは誰であろう又市だ。




「で、どうすんだ。生んでもお前の子としちゃあ育てらんねェぞ」

「そんな事ァ、奴が一番分かってんだ。言うんじゃねェよ」





又市一味は闇に住む者―――決して表に出てはならない。

子が産まれても女が堅気の者であれば、所帯を持てようはずもない。




「父無し子(ててなしご)になっちまうねェ」


思わず出たおぎんの言葉に治平が溜息を付いた。

確かにそれは哀れだ。だがそれでも、


「まさかと思ったが手前ェ、堕ろせなんて事ァ言わねェだろうな」

「・・・・・・・・」

「例え薄汚ェ手前ェの血が混ざっていても半分はあの娘の子じゃねェか。
きっと良い子に育つぜ。例え父無し子だろうがよゥ。
あの人もまだ若ェ。手前ェさえ居なきゃよゥ、きっとその内いい男が現れらァ」

「そうさねェ、それが良いよゥ、又さん。だから堕ろせなんて後生だから言わないでおくれよ」



おぎんは自分の事のように腹を擦った。

己も女だ。愛する男の子を孕んだ女の気持ちは良く分かる。




治平とおぎんの言葉に又市は微動だにしなかった。

いや、動けないでいるのか。






「あの人の事を思うならもう、手前ェはもう姿を見せるんじゃねェ」




治平の低い声が部屋に響く。

又市は唇を噛み締め、ただ空を眺めた。

分かっちゃいた。分かっちゃいたがそれでも―――・・・








風が吹いた。

庭の枯れ木がひゅうひゅうと渇いた音を出す。

それは赤子の鳴き声のように聞こえた。







「又さん――――」






おぎんが顔を上げた時には又市の姿はそこにはなかった。

手の中の煙草の火を見つめながら、治平が頭を掻く。





「いつか来ると分かってたじゃねェか、こんな時がよゥ」

「でも、可哀相じゃないか、又さんもちゃんもさァ」

「所詮俺ら日陰の身だ。別れは何時か来らァ」

「・・・・・・・・そういや、あのお人好しの先生は元気かねェ」







寂しそうにおぎんの視線が宙を仰いだ。

前にも一人、別れなければならなかった人がいる。

また同じ思いを繰り返すのか。










「嫌だよゥ・・・・」








おぎんの言葉に答える者はいなかった。

もうすぐ闇の帳が下りる。









リィィィン・・・・・








寂しげな鈴の音が聞こえた気がした。






















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11111HITリクもしもシリーズ又市編です。
まさかもしもネタを又市で書くとは!ここだけの話、又市が一番反応良いです。
HAPPYとBAD、二つのEDを考えたのですが、原作に忠実であるなら
多分別れる事になるだろうと思ってこっちにしました。
しかし又とヒロインの出番が少ない。一応この続きで別れ話をする二人の話も
考えていますがあまりに暗くなるようだと、このままで終わるのがいいかと
も思ってます。どっちがいいのか・・・・・うーん。
みゃー様11111HITリクありがとうございました。