ドクドクと心臓が激しく脈を打っているのが聞こえる。

こんなに緊張するのは会社の面接以来じゃない?













伊佐間屋の玄関先に立つと、嫌でも身震いがする。

このまま帰りたいって思うけど前に進まなきゃしょうがない。

一刻を争う問題なんだ。私にとっても一成さんにとっても。









「こんにちは〜〜〜」





なんとなく声が裏返ってる気がするけれど、この際そんな事はどうでもいい。

ガラガラと引き戸を開けながら中を覗くと、一成さんが尺八と睨めっこしていた。






「やぁ、ちゃん。いらっしゃい」




私達が会う時はほとんど伊佐間屋で特に約束もしていない。

当たり前のように一成さんは私を迎えてくれて、卓袱台の上に散らばったガラクタ類を片付けた。





「一成さん・・・・今度は尺八ですか?」

「うん、そう」

「難しそうですけどね」

「そうでもないよ。音が面白いの。聞いてみる?」



そう言って尺八を手に取る一成さんに慌てて首を横に振る。

ん?と言った感じで彼が首を傾げた。





「あの・・・今日はお話があって来たんです!」

「・・・・話?そんなに改まって言う事なの」

「はい」




真剣な顔で頷くと、一成さんも状況を察してくれたのか胡坐だった足を正座に座り直した。

別にそこまでしてくれなくても良いのだけれど、それが逆に一成さんらしい。

一呼吸置いて、私も正座に座りなおして一成さんを真っ直ぐ見た。





「あの」

「うん」






そこまで言って止まってしまう。

言わなきゃ、と思うほど、どうやって言ったらいいかわからなくなる。







「私―――・・・・・」






ああ、駄目だ。せっかく中禅寺さん達に勇気を貰ったのに。

いざとなると何も出来ない、そんな所は小さい頃から全然変わらない。






ちゃん?」





名を呼ばれて俯きかけていた頭を無理矢理上げる。

一成さんがなんとなく、不安げにこちらを見ていた。

言わなきゃ。






「私、あの・・・・・・」

「うん」








「に・・・・妊娠したかもしれないんです!!」







言った。言っちゃった。

どうしよう、言っちゃったよ。

怖くて顔が上げられない。今貴方はどんな顔してるの?

ああ、泣いたら一成さんが困っちゃう。今よりもっと困らせちゃう。







ちゃん、どうして泣くの」






泣くな、と自分を叱り付けると、その反動のように涙がボロボロ零れ落ちた。

彼が傍に来て抱きしめてくれる。

私の好きな――――彼の独特のにおいがする。





ちゃん、泣かないでよ。どうして泣くの。
僕は嬉しいよ。僕達の子供が出来たかもしれないって。ちゃんは違うのかい?」




嬉しい?本当に?そう思ってくれるの?




「僕がこんなだから頼りないのかい?ううん―――僕は僕でしかないけど、
それでもちゃんが好きだよ。お嫁さんにしたいと思ってるの」


「・・・・本当に・・・・・」

「うん?」

「本当に嬉しいと・・・思ってくれるんですか?」





彼の思いがけない言葉に嬉しくて、私は彼の胸に縋りついた。

涙は止まらない。声もしゃくりあげてうまく言葉にならない。

でも。



「勿論だよ。ああ、だから泣かないで。ずっとずっと傍にいるって誓うから。
遠出も釣りも止めてもいいよ。結婚しよう、ちゃん」



「一成さん・・・・・」



「結婚しよう」





その言葉が嬉しくて。

待ち続けたその言葉が嬉しすぎて。





その後私は彼の胸の中で大泣きしてしまった。
















それから数ヶ月。

日に日に大きくなっていくお腹を彼は毎日楽しそうに見つめながら。

私の横で色んな笛を吹いたり、赤ちゃんの玩具だとおかしなオブジェ(?)を作ったりしている。

別にいいよ、って言ってるのに遠出の釣りもしなくなって、今は傍にいてくれる。






けれど時々もどかしそうに海の写真を見つめていたりするから。







ねぇ、この子が生まれたら、三人で綺麗な海に行きましょう?







貴方が拵えた三本の釣竿を持って。
























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”もしも”なんだから本当に妊娠してなくていいわけなんですが。
伊佐間と夫婦になりたい願望故(笑)今回は結婚までいってみました。
伊佐間夢だと何故か前後編になるなぁ。愛ですね。
というか第三者が出張る確立が高すぎる・・・・